P02~04 新型コロナウイルス感染症流行による 学校精神保健への影響 本研究所研究員              城野  匡(精神医学) はじめに  新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2019年に報告された新型コロナウイルスによって引き起こされる感染症で、報告後から世界中に感染が広がり世界保健機関(WHO)によって世界的な大流行、パンデミックと宣言された。本邦では、感染者数の急増により病床の不足や医療従事者の負荷が増加するなどがあり、政府は、感染拡大を防止するために感染流行時期に応じて緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などの対策を行った。それに応じる形で、社会全体において様々な対応がなされ、小中学校においては、休校、分散登校および様々な活動の制限がなされた。現在のところこれまで合計8波の感染流行期があり、その都度行事の予定の変更や中止となることがあった。2023年5月8日からは、コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが2類から5類に引き下げられたことにより、活動の制限については、行政からの要請・関与から、個人や事業者の自主的な取組にベースとなった。2023年6月現在においては、学校によっては一部制限はあるものの学校生活は通常の状況に戻りつつあるようにみえる。しかし、生徒はこの3年間のあいだ活動の制限により種々の体験をする機会が奪われることで、身体面だけでなく精神面の発達・成長へ影響を受けている可能性を考える。そこで、本稿では、COVID-19流行による学校精神保健への影響について考えてみたい。 コロナ禍における活動の制限の影響  学校活動における学習を始めとした種々の体験をする機会が奪われたことによる生徒の精神保健へ影響を及ぼす要因として、生徒のレジリエンス(resilience)を育む機会が少なくなったことを考える。レジリエンスとは、個人や組織が困難や逆境に直面した際に、それに対応して回復し、成長や適応を果たす能力を指す。成人にとっては、COVID-19の流行による種々の活動の制限を耐えるという逆境がレジリエンスを育むことがあったかもしれない。例えば対面の活動が制限される中で、活動の仕方の工夫やデジタル化による活動の推進などにより適応し、通常の活動に近い活動ができるよう回復を図り、それが現在の生活にも生かされている。また、レジリエンスは、周囲からの働きかけや適切な支援等との相互作用によって変動する動的な個人特性とされ、Connorらはレジリエンスを測定するにあたって25項目(表)を挙げている(1)。表にあるようにその多くが様々な体験や経験をすることで身につけていく項目となっている。学校における体験の例としては、判らないことを同級生や先生などに尋ねる、新しいことを身につけるときに他者のやり方を真似るなどがある。学校において大小様々な危機や逆境の経験を、誰かの手助けを得てあるいは自分でそれを乗り越える経験ができれば、他者に対する基本的な信頼感と乗り越えた自分自身に対する自己効力感を育むことになる。本来であれば自然と体験されうるこれらの体験がコロナ禍においては奪われ、成長や発達の過程で身につけていくレジリエンスを育む機会を少なからず失っていたのではないかと考える。また、困難を体験して適切なレベルのレジリエンスを持つことの重要性として、精神保健の問題の回復さらには精神的な健康を維持することがある。近年児童思春期の精神保健の問題が後の精神保健へも影響を及ぼすことが示唆されている。WHOがおこなった1572名の大学生を対象とした国際調査では、大学生の精神疾患の12ヶ月有病率が20.3%で、それらの症例のうち 83.1% は大学入学前に精神保健の問題がみられていた(2)。英国の1727名を対象とした1946年からの出生コホート調査は、思春期の希望・願望および自制心の低さが後の初老期の人生への満足度の低さと関連があると報告している(3)。困難な状況から回復し適応する力が十分に身につかないまま児童思春期の時期が過ぎていくことは、生徒にとって短期的な精神保健の課題が生じたり、さらには長期に渡っての課題へと移行したりといったことになるのかもしれない。とくにコロナ禍の3年間を中学生として過ごしたあるいは小学校の高学年として過ごした現在の高校1年生や中学1年生は、生活や学習などの環境の変化への適応やそれをうまく乗り越えていくことや上級生としての役割やその役割を通じての体験を十分に経験しないまま進学している。そのため、進学後の逆境に面したときに、適応に苦労することで精神保健の問題が生じないかについて注視する必要があると考える。 コロナ禍を通じてみられた不登校の増加  令和4年10月の文部科学省の発表で、不登校数が過去最大となっている(4)。これまで9年連続で増加傾向であったが、令和2年から3年にかけての1000人当たりの増加率が近年になく上昇している(図)。文部科学省は、「児童生徒の休養の必要性を明示した「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」の趣旨の浸透の側面も考えられるが、生活環境の変化により生活リズムが乱れやすい状況や、学校生活において様々な制限がある中で交友関係を築くことなど、登校する意欲が湧きにくい状況にあったこと等も背景として考えられる。」と推察している。他にも不登校が許容されるという認識の広がりがあるため、不登校を選択することが増えてきていることは考えられるものの、登校する事への意欲の無さについては学校への登校機会が少なくなり自宅ですごすことが多くなることで、自宅でのすごしやすさを感じることで不登校につながったことも少なからず影響としてあるのではないかと考える。  著者は、背景は様々であるが精神保健の課題としての不登校および不登校気味の小中高生の診療や相談を担当することがある。その中で、COVID-19流行の当初は学校や自宅ですごしやすくなったという声をよく聞くことがあった。代表的なものとして、感染の心配はあるが、体調が悪いときに休むことが許されてよい、休みやすくなったので学校に行くか行かないか迷わなくてよい、分散登校なので疲れなくて済む、リモート授業であると授業に参加しやすい、タブレット使用により課題が提出しやすいなどがあった。このような経験から、登校にあたっての緊張という逆境を緩和しつつ自宅で回復しうる能力があることに生徒が気づくということになったのかもしれない。現在のところ不登校の増加という課題はみられているものの、コロナ禍を通じて個々の生徒が気づいた点を今後の登校のしかたや学校活動に取り入れ、各生徒に応じた個別最適化した対応を図ることは今後の学校における精神保健対策のヒントとなるのかもしれない。 コロナ禍を経ての学校における 精神保健への対応  種々の問題を軽減するあるいは乗り越えるレジリエンスを育むため種々の経験を促す教育的アプローチは、短期的および長期的な精神保健へのよい影響を与える可能性を考える。併せて、コロナ前から続く不登校の増加も考えると、一部の生徒には一律的に体験を増やしていくと負担となる可能性もあるため、生徒に個別最適化した体験ができるような支援も検討できたほうが望ましいと考える。他方、コロナ禍の影響とは離れるが、平素からの教員にかかる負担の多さについての課題がある。文部科学省の教員不足に関する実態調査(5)によれば、見込み数以上の必要教師数の増加の観点からの考察として、産休・育休取得者数、特別支援学級数の増加、病休者数の増加を要因として挙げている。なかでも、特別支援学級数の増加が要因としてあがっていることから、教員の負担の多さの背景の一つとして学級内での生徒への個別な対応の苦労が増えていることが推察される。それを踏まえると生徒が学校で様々な体験をしうる可能性を広げるために、従来以上に意識してコロナ禍を通じて気づかれた生徒や保護者からの視点やスクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラーなどの外部の視点を取り入れた個別支援を意識した教育的アプローチが、学校の精神保健への対応の一助にもなるのかもしれない。 終わりに  コロナ禍を通じて生徒のレジリエンスを育む機会が奪われたことが、学校における精神保健へ影響を及ぼす可能性があることを中心に述べた。これから活動の制限がなくなるなかで、学生が種々の体験をしていくことで健康的に発達・成長をしていく可能性もあるため本稿で述べたことは杞憂にはなるのかもしれない。ただ、小中学生が3年間の期間様々な活動に制限がかかるということはこれまでに経験をしたことはないため、今後も生徒の発達・成長を気を付けてみていきながら、コロナ禍を通じての学校における精神保健への影響について注意してみていく必要はあると考える。 引用文献 1.Connor, K. M., & Davidson, J. R.(2003). Development   of a new resilience scale:The Connor‐Davidson resilience scale(CD-RISC). Depression and anxiety, 18(2), 76-82. 2.Auerbach, R. P., Alonso, J., Axinn, W. G., et al.(2016). Mental disorders among college students in the World Health Organization world mental health surveys. Psychological medicine, 46(14), 2955-2970. 3.Yamasaki, S., Nishida, A., Ando, S., Murayama, K., et al. (2021). Interaction of adolescent aspirations and self-control on wellbeing in old age: Evidence from a six-decade longitudinal UK birth cohort. The Journal of Positive Psychology, 16(6), 779-788. 4.文部科学省、令和3年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要、令和4年10月27日(https://www.mext.go.jp/content/20221021-mxt_jidou02-100002753_2.pdf)(2023-6-21 accessed) 5.文部科学省、教師不足に関する実態調査、令和4年1月(https://www.mext.go.jp/content/20220128-mxt_kyoikujinzai01-000020293-1.pdf)(2023-6-21 accessed)